学術

2026年1月17日

2025年の東大の科学研究 新発見から社会問題に焦点を当てた研究まで

 東大には15の研究科と11の附置研究所が存在し、日々多くの研究成果が発表されている。研究成果は教科書を書き換えるような新発見から、社会問題の解決につながる検証結果まで多岐にわたる。この記事では、2025年に公開された東大発の研究成果から三つを紹介する。(構成・岡部義文)

 

福島原発処理水放出、海洋への影響は「検出限界以下」 21世紀末までのシミュレーションで

 

 東京電力福島第一原子力発電所(福島第一原発)での多核種除去設備(ALPS)で処理した水(処理水)の海洋放出は、2025年末までに合計17回行われる見通し。処理水放出を巡っては、環境への影響の有無や安全性などが注目されてきたが、8月の国際原子力機関(IAEA)の報告書では、処理水放出の安全性が国際基準を満たしていることが確認された。

 

 東大でも、処理水放出の影響を検証する研究が行われている。コクヮン・アレクサンドル特任助教、芳村圭教授(いずれも東大生産技術研究所)らの研究チームは、福島第一原発から放出されるALPS処理水に含まれるトリチウム(三重水素、放射性物質の一種)の海洋への影響について21世紀末までの長期シミュレーションを実施し、その結果を発表した。

 

 処理水放出については、これまでの研究では放出期間や規模を仮定した短期的な影響評価にとどまっていた。今回、研究チームは東京電力の実際の放出計画を用いて、海洋大循環モデルで初めて現実的な長期予測を行った。

 

 シミュレーションでは、放出されたトリチウムは黒潮に乗って東へ広がり、約8年後には北米西岸に到達することが示された。しかし、放出地点近くを含む太平洋全域で、トリチウム濃度は測定可能な検出限界を下回る、太平洋の自然なトリチウム濃度よりはるかに低い値であることが明らかになった。

 

 さらに、地球温暖化による海流の変化や、より精密な海洋モデルを用いた解析でもトリチウム濃度は検出限界以下に留まることが確認された。本研究は、処理水放出の長期的な安全性を科学的に示すものとされる。

 

中性子の未知の崩壊を探索、スーパーカミオカンデが世界最高精度の制限値を設定

 

 宇宙線の観測装置「カミオカンデ」の3代目となる「ハイパーカミオカンデ」の建設が進んでいる。カミオカンデは、宇宙から注ぐ目に見えない素粒子「ニュートリノ」を捉える巨大なタンク。初代カミオカンデは超新星爆発からのニュートリノ観測で故・小柴昌俊特別名誉教授にノーベル賞をもたらし、2代目のスーパーカミオカンデでは、ニュートリノに質量があることを示唆するニュートリノ振動の発見により、梶田隆章卓越教授(宇宙線研究所)がノーベル賞を受賞した。現在、3代目となる「ハイパーカミオカンデ」の建設が進んでいる。スーパーカミオカンデの約10倍の大きさとなる予定で、今年7月には直径69メートル、高さ94メートルの世界最大級の地下空洞が完成。2028年の観測開始を目指し、26万トンの水を満たす巨大水槽の建設が本格化している。今年6月にはハイパーカミオカンデ、11月にはスーパーカミオカンデのメディア・一般向けの公開も行われている。

 

 現在も、スーパーカミオカンデを用いた研究成果が発表されている。池田一得助教(宇宙線研究所附属神岡宇宙素粒子研究施設)らの研究グループは、スーパーカミオカンデ実験施設で、中性子が反ニュートリノと中性K中間子に崩壊する未知の現象を探索する研究を行い、その成果を発表した。

 

 素粒子物理学の標準理論では、陽子や中性子などの核子は安定とされるが、電磁気力・弱い力・強い力を統一的に説明する「大統一理論」では、極めて稀に核子が崩壊すると予測されている。特に超対称性理論を含む一部のモデルでは、中性子が反ニュートリノと中性K中間子に崩壊する過程が主要な崩壊様式として予想されてきた。この崩壊が観測されれば、大統一理論の検証につながる画期的な発見となる。

 

 研究チームは、1996年から2020年までの24年間に蓄積された0.401メガトン年(水40万トン相当を1年間観測した量)の膨大なデータを解析。中性K中間子が荷電π中間子に崩壊する際の特徴的な信号を探索した。

 

 解析の結果、大統一理論を示すような中間子の崩壊については、統計的に有意な信号は検出されなかった。そのため、中間子の崩壊の起こりにくさから、中性子の寿命の下限値を2.7×10³²年と設定。これは従来の制限値の6倍厳しい世界最高精度の結果であり、大統一理論の予測に強い制約を与えるものだ。

 

台湾で発見の古代人骨、デニソワ人と判明 温暖地域での生息を初めて確認

 

 教科書を書き換えるような発見も発表された。人類進化の分野で注目されたのが、絶滅した人類集団「デニソワ人」を巡る発見だ。デニソワ人は中期から後期更新世に生息した人類集団で、現生人類とは異なる系統を形成していた。これまでシベリア南部やチベット高原といった寒冷地域からのみ骨の一部が発見されていた。骨に残存するDNAの解析から、現生人類の祖先とも交雑し、現代人の一部にデニソワ人のDNAが入っていることが分かっていた。デニソワ人ゲノムを持つ割合は東アジアや東南アジアなどで高いことが知られていたが、東アジア地域でのデニソワ人の発見例はなく、その生息域は謎だった。

 

 海部陽介教授(総合研究博物館)らの国際研究チームは、台湾沖で発見された古代人類の下顎骨がデニソワ人の男性のものであることを、骨に残存していたタンパク質の分析から明らかにした。台湾で漁業活動により引き上げられた下顎骨から、最適化されたタンパク質抽出法により4241個のアミノ酸配列を取得した。その中からデニソワ人に特有の2つの変異を特定し、この個体が男性のデニソワ人であることを確認した。

 

 この発見により、デニソワ人が寒冷地から温暖湿潤な低緯度地域まで、多様な気候帯に適応して広く分布していたことが実証された。また、頑丈な歯や下顎骨という特徴がデニソワ人に共通する形質であることも明らかになり、今後のアジア各地の化石の再評価につながることが期待される。

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