学術

2019年12月6日

変わりゆく文学界 小説執筆の在り方に迫る

 11月26日は、言論の自由の擁護などを掲げる文筆家組織・日本ペンクラブの設立記念日だ。本企画では小説を書くことに注目し、その書き方や今後の文学界の展望などを探る。小説投稿サイト「オンライン文芸誌破滅派」を運営し、自身も文学賞受賞歴のある高橋文樹さんと、東大文芸部の部長・高妻秀多さん(文Ⅰ・2年)、会計・増田涼太さん(文Ⅲ・2年)に話を聞いた。

(取材・長廣美乃)

 

 

ネットが開く可能性

 

高橋 文樹(たかはし ふみき)さん(作家・株式会社破滅派代表取締役)03年文学部卒。著作に『途中下車』(01年第1回幻冬舎NET学生文学大賞受賞)、『アウレリャーノがやってくる』(07年第39回新潮新人賞受賞)など。

 

 文Ⅲから敬愛する大江健三郎の出身文学部フランス語フランス文学専修へ進学した。在学中に第1回幻冬舎NET学生文学大賞を受賞し作家デビュー。卒業後はフリーターをしつつ執筆を続けるも編集者に恵まれず、原稿を書いてはボツを繰り返した。知り合った編集者に「作品を雑誌に載せるには新人賞を取るしかない」と指南され応募した第39回新潮新人賞で再び受賞。

 

 「出版界に絶望していた」。ならば自ら出版社を作ろうと、2010年友人と共に破滅派を設立。しかし文芸だけで出版システムに参入できている企業はほぼないと知り、翌年ITの勉強のためウェブ制作会社に就職。現在は小説投稿サイト「破滅派」の運営と並行しウェブ開発事業も行う。「大学時代に注力していた語学がビジネスで役に立ちました」

 

 『山月記』の李徴のようにどんな未来も切り開けると自信を持つのも良いが「才能や実力があれど場所や人に恵まれなければ人生がダメになると若いうちに意識すべき」と高橋さん。場所を変えたり助けを求めたりすることが重要だ。

 

 破滅派は純文学に特化したサイトで、ライトノベルやエンターテインメント小説の傾向が強い「小説家になろう」などとは対照的。合評会などのイベントでは書き手が本を出すという目標に近づくためにアドバイスをし、実際に文学賞を受賞したユーザーも。作家イベントなどでプロからの情報も共有する。「営業上手な人が雑誌掲載を勝ち取ると知りました」。自身も知り合った編集者に原稿を持ち込み掲載された経験がある。

 

 高橋さんは、カズオ・イシグロなど尊敬する作家のスタイルに合わせてSF風の作品を書いているという。文体は「昔は全文七五調とか地の文を口語体にするとか、いろいろと実験していました」。現在は自身の作品を英訳し海外に発信することもあり、日本語でも短くて伝わりやすい文体を心掛ける。

 

 長い間出版の中心は雑誌だったが「今後はウェブメディアと統合していくでしょう」と高橋さん。今後小説の消費のされ方は二つに分かれていくと予想する。一つは芸能人や話題性のある作者などファンを囲いやすい有名人をきっかけに作品が読まれる場合。もう一つが特定のジャンルに特化したメディアごとに小説が生産・消費される場合だ。「優れた作品は後者から出てくるのでは。破滅派が目指すのはネット純文学から名作を世に出すことです」

 

作家は孤独ではない

 

高妻 秀多(こうづま しゅうた)さん(文Ⅰ・2年)
増田 涼太(ますだ りょうた)さん(文Ⅲ・2年)

 

  東大文芸部の活動について教えてください

 

高妻さん 五月祭と駒場祭で販売する部誌の製作が中心で、製本まで部員が行います。合評会では掲載作品を批評し合います。

 

  どんな作品を書いていますか

 

 結局日々の身近な感覚を書くことに落ち着いていると思います。

増田さん 小説を書くきっかけが小学生の頃に読んだ『怪談レストラン』でした。その影響で、読後に変な気分になるものを目指して書いています。

 

  執筆の手順は

 

 頭の中でストーリーが形になってきたら構成を書き出します。それに沿って最初から書いていきます。

 大まかに考えておいて必要なシーンを足していきます。パソコンのコピーアンドペーストの技術が執筆スタイルに影響しています。手書きの時代にはあまりなかった発想では。

 

  文体のこだわりは

 

 スペースを駆使する、濁音を使わないなど文字の配置やリズムに気を遣うことはあります。でも実験的とは言われたくない。

 あくまで内容が先だよね。

 横光利一の『日輪』に感銘を受け、読み手の身体感覚を介して理解される文を目指そうと思いました。先行作品から受けた感覚になぜそう感じさせられたか分析を加えることが、創作にもつながっています。

 

  小説を書く楽しさは

 

 シーン同士のつじつまを合わせられた時は快感です。過去作を読み返して、結局今と同じこと考えているなと感じるのも面白い。

 自分はあまり読み返さないな。執筆中は時間を忘れるくらい没頭します。

 

  今後の文学はどうなっていくと思いますか

 

 二極化すると思います。高校の時インターネットの小説投稿サイトに作品を投稿していて、特にアマチュア間で幅広いリテラシー層の目に付くためライトなテーマや文体で読み手のコストを下げていく動きを感じました。しかしその流れは同時に反発する真逆のスタイルを生んでもいる。

 作家が意識しなければならない読者の数が増え、「純文学」と「エンタメ」の区別が問い直される機会も増えるかもしれません。

 ネット小説だと感想や指摘をすぐに作品に反映させることも容易です。小説は1人で書くものではなくなってきているのかも。

 書く人が1人にならないのは大切。そこがネットの役割かな。でも自分の中ではネット小説というものがうまく処理できていなくて。誰でも書けるけれどそれを誰でも読んでくれるのかという悩みがあります。

 確かに、そういった意味でプロは特別であり続けるんだと思います。


この記事は2019年11月26日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を公開しています。

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